あの娘の誕生日に思うこと

 

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誕生日のメッセージを送ってみた。わたしから連絡を取ることはここ数年ほとんどなかったが、思い切って送信してみたら返信がきた。メッセージ画面には「また会おう」という言葉の繰り返しになっているけど、連絡がとれて嬉しかった。とはいえ、あの娘はわたしに対して1ミリも何も思っていないだろうから、その後の返信はできなかった。

でも「おめでとう」と言えてよかった。次会う時はプレゼントをあげようと思う。

花束は要らないと思うから、無難に化粧品かなと考えている。こういう時は女でよかったと思う。花束をもらう時、わたしはこう思う、花言葉を説明されるだけで重たい荷物をもらっても嬉しくない。相手の気持ちを考えると最低だとは自分でも思う。

でもきっとあの娘もそう感じるだろうから、わたしは花束をあげることはないだろう。

 

 

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花といえば、わたしは自宅で羽衣ジャスミンを育てている。買ってきてから何日目かは忘れたけど、毎日たくさん咲いてくれて、見るたびにとても愛おしい。

水やりの時、あと少しで咲きそうな蕾があって丸々としたところを上からのぞいてみたら、なんか目があったような気がして見なければよかったと後悔した。

この花をあの娘は好むのかはわからないけど、次にあったときの話のネタにはなるだろうから、大切に育てようと思う。レジンで何か作ってみるのもいいかもしれないけど、今のわたしは過集中モードなので、いいものは作れても、疲労を回復する時間のほうが長くかかりそう。レジンで何かできたら、あの娘にあげるのもいいかな。

なんであの娘が好きなのか

アイスコーヒーとへんな気持ち - 前にならえ

なんであの娘が好きなのか自分でもわからない。 ただ私はあの娘が好きで憧れで綺麗で触りたいと思っているけど、あの娘からするとそれは受け入れ難い事だと思う。 私は女としての価値を感じたかった歳月を経て、男性を対象とした女としての生き方を捨てた。私のリストカットを笑ったあいつは病気になって会社を辞めた - 前にならえ それから私はあの娘がずっと好きで、年に数回誘われる機会を待つしか無いだけの人間になった。 この前、あの娘から連絡が来た。「ごはん行こう」その誘いを私は断った。いつもあの娘に会うときは恥ずかしい。その恥ずかしさは心がワクワクする気持ちと恥じらいが入り混じった気持ちだ。つまり私はあの娘が好きで待ち合わせの時間をどう過ごしていいかわからないので、この間は断ってしまった。 あの娘と出会ったのはお互い18歳の頃で、とても端正な顔立ちと華奢な容姿に私は「こんな娘となぜ仲良くしてもらえるのだろう」なんて思っていた。 あの娘が私に興味を抱いてくれた理由は何かはわからない。趣味も知らない、その当時あの娘は大学生で、私はただのフリーターだった。 私はただのフリーターなのに何故あの娘は私とご飯を食べてくれるのか、同じ席で私の勧めるメニューを選んでくれて食べてくれるのか。謎だった。 謎は未だに解明出来てないが、あの娘は2019年に突入しても未だに私を誘い出してくれる。 でもあの娘には彼氏が常にいる。私の気持ちに気付いているのならたまったものじゃ無いが、そんなはずあるわけないので知らぬが仏だ。(使い方間違っている) 私はもう5年もこんな感じで、ついに6年目に差し掛かる。片思いは辛いが疎遠になる方がもっと辛い。それは避けたいので絶対あの娘には言わないと決めている。 私はあの娘に付き合って欲しいわけではないので、言う必要も無いと考えることもあるけど、これは一種の自己満足で、ただ好きなだけならどうも出来ないけど、好きになったからもっと知りたいと思う。性別が同じだけで憚れる事が多々ある。私はその事実を知られたら終わると思っている。欲を言えば大事な人と思いたい。そしてずっとこのまま友情で終わりたい。それが一番いいと頭では思う。

私のリストカットを笑ったあいつは病気になって会社を辞めた

鬱の入り口 - 前にならえ躁状態はあまり来ないと書いたけどバカだった過去が躁状態だと思ったのでブログにしてみます。こういう系がダメな方はご注意願います。

リストカットをする人はなんでリストカットをしてしまうのか本人もよくわかってないという人も多いのではないかと思う。私はわかっていなかった。ただ衝動に駆られ、ただ死にたい気持ちをぶつけるところがなくてリストカットをした。

最後にしたのは21歳。大袈裟に語ると恥ずかしいので端的にいうと躁状態で不倫をしたり性的奔放になっていた当時にリストカットをした。

その時、私は自分自身が女としてどこまで通用するのか確認したかった時期だった。

今でも後悔しているぐらい頭がおかしかった。そのおかしさが何故か男性の前では受けることがあった。もちろんこの話、病院の先生は知らない。口が裂けてもきっと言えない。

変わってるねと言われると何だか楽しくなり、かわいいねと言われると、もっと言われたいとなり、性格が面白いねなんて言われるともっと関わりたくなった。

そして関係を持ってしまう。そんな時に言われた言葉の中身なんてなんにもなかった。

私は今その過去を消し去りたいと思っている。その過去に関係を持った人の車のナンバーや似たような車を見かけると、何度も何度も怯えて死にたくなる。自分が一番馬鹿馬鹿しいと自覚がある分、本当に消え去るか消し去りたいと後悔している。

そんな中、私は恐れていたことが現実となった。

上記の躁状態を抜け出して、いつもの私に戻ってから、とある人と仲良くなった。

仲は良かったが、私はその気が全くなかった。しかしある日、職場でその人へ書類を渡す時に袖口からリストカットの傷が露わになった。

その人からはその場で何も言われなかったのでホッとした。

のも束の間。その日の酒の席で私を笑い者にした。そしてそいつは後にある病気になり退職した。だからきっと私も躁状態の時に言った言葉や傷つけた人の数だけ今苦しまないといけないんだと思う。でももうリストカットはしない。死にたくてもリストカットはしない。死にたい気持ちや現実での屈辱を発散するような気持ちでしている限り、生きている痛みを腕に自ら刻み込むのは、なんか矛盾しているような気がする。

どちらかというと私は生きていたい。死んだように生きている時期があってもそれは死にたいわけではなくて、言葉にするのが難しいから一言で片付けているだけと私は私を代弁する。泣きながらカッターで腕を切りつけるのはなんか悲惨だし、血も片付けも厄介。

こころに傷ができた上で、表面にも傷をつける力が残っているなら、辞めたほうがよかったと今は考えることができる。その当時はわかっていなかったことは今はわかる。

助けてほしかっただけだと今の私ならわかる。もし今の私がその当時の私に言えることがあるなら、病院に行って助けを求めろというとおもう。恥ずかしい思いや行動をした上でまたその上に重ねるだけなら、一旦なにもかも捨てたほうが身のためだよと伝えたい。

そして生きていてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

普通

恥ずかしい話自分は人と違うと思いながら、一方でそんな自分に酔っていた気がします。

流行りの曲は、流行っているということだけで毛嫌いし

流行りの食べ物はインスタの為に作られ写真のためだけに見栄え重視されているから美味しくない。そう思っていましたが、万人に受けるものや事柄を知らない、もしくは知らずにいる事って損なことなように思えてきました。というのは、万人に受けるものは会話の弾みにもなるだろうし、それを知らないというだけでなんだか浮いた人間に一瞬で墜落してしまう時があります。私は私の道で生きていくと決めて生きていける人にきっと私はいつまで経ってもなれない。では、そうなりたい、それを目指したいというとそうでもなく、当たり障りなく、それなりに人と話したり、人とご飯食べたりして、人と仕事をしたいんだと思います。それが「普通」というものなのかもしれません。

私自身に付きまとってきた普通というものは、つまり万人に受ける、あるいは受け入れてもらえることなのかなと。今まで頭の中ではずっと普通を求めていたはずなのに、自分から遠ざかって来て生きていたような気がします。

私はこれまで「普通」がわからなかった理由はここにあるのかもしれません。

断言はできませんが、自分に酔っていたという恥ずかしい事実はたしかにあります。

最悪です、自己嫌悪です。でもそれは誰しもあるものなのではと考えました。

病気だから普通になれないわけではない、つまり病気だから万人に受けない、あるいは受け入れてもらえないというわけではないはずです。つまり綺麗事です。

私の想像の世界ではみんな平等平和平和ですが、現実世界では違うようです。

この現実に馴染むには万人に受けるもの、話題、趣味、考え、音楽、スポーツ

なにかひとつ持たなければ順応できない。わたしには何があるのか。

考えても今は何もないです。はずかしいです。

でも、ひとつだけ違った経験を私は体験したことがありました。それは過去にこの私の世界を共有できた人が居たことでした。

しかしその人は疎遠になり、もう会えなくなりました。

私は、その時、もうこの世界でこの人を失ったから生きていくことができないと本気で思いました。その体験が2度ありました。代わりとなる人はいなかったのです。

死んだわけではないので、会おうと思えば会えるのですが、私の世界ではもうその人は居ないのです。そのような人がもう一度欲しいと思っていますが、その報酬を得る為には、まず万人に受けるものを手に入れ、その群れに入らなければならないみたいです。

家、病院、バイト先。今のところこの3つだけが移動する場所になっています。自分の世界を広げるには何か必要なのでしょう。それが何か今は思いつかないだけで、私の世界と現実の世界は離れているわけでもないはずです。同じ時間で同じ空気で同じ場所です。

ただ一つ違うこと、それは私が現実をあまりにも知ろうとしないことだと思います。

私は不器用です。無邪気に笑っていたのはいつなのでしょうか。無邪気に話しかけていた頃

いつだったでしょうか。もう大人だから、もう23歳だから、こんな話は現実ではできないということも学習しました。ただ、私は現実を知る努力を怠ったから、生きづらいと感じているのではないかと思うのです。現実と私の世界を重ねて生きるには、私からのアプローチが必要だと思うのです。

思ったことはここに書くことで、頭で整理しているのですが、まとまりがつかないというのは23年になるこの脳があまりにも偏った情報の中で生きているからかもしれません。

万人に受ける脳になりたい。話題を掴みたい。人の輪に入ってみたい。そして私の世界を知ってもらいたい。変だと思われても気持ち悪くても私の世界と現実を重ねて生きたい。

どうにか。

鬱の入り口

今日、なんとなく自分の感じる鬱の入り口を見つけた気がします。 自分なりのサイン(予感)のようなものです。

ここ数日の気持ちや行動が鬱の手前な気がしているので書き出してみます。

過食(気味)になる 寝る時間が遅くなる コーヒーをよく飲むようになる 喫煙本数が増える 通勤時間がいつもより10分遅くなる 景色から過去の嫌な思い出が脳内再生される 下痢気味になる なんだか体が詰まったようになりゴロゴロしてしまう 曇りや雨の日に人と会うと塞ぎ込みがちになり笑えなくなる 暗い気持ちを取っ払いたくなり、amazon等を見てしまう(働く気を起こすような感じ) 入浴回数が減る お腹も空いていないのに小麦系を食べてしまう(美味しいという気持ちがないまま、口が寂しい感じで食べる。普段は避けているはずがお米を炊く手間が省けるので食べてしまう) ↑繋がりで小麦系を食べると首に吹き出物ができて痛くなり全部嫌になってお風呂も嫌になる なんとなく頭がいたい日とめちゃめちゃ痛い日が続く

こんな感じでしょうか。まだきっとあるはずだと思いますが感じたことをそのまま書くとこのようなことでした。

双極性障と診断が出ているものの、自分の事がよくわかってないので気分の落ち込みぐらいは気付けるかなと考えてみました。

いわゆる躁状態、私の場合は軽躁にあたるのでしょうか。金銭感覚は狂ってはない(はず)ので、なんというか昔から貧乏な家庭で育った分自制はまだきいている感じだと思います。 30数万をローン契約したやつが言うことではないですが、保険をかけて月々の支払い金額をおさえてみたり、保険をかけてバイトの勤務時間を増やしてみたり、激しい躁状態ではないのかなと自分では思っています。人から見たらヤバイと思われるかもしれません… まだ幸いなのが、眠れていること。これに尽きます。本格的にうつに入れば私は全く眠れなくなる方でして、躁状態もほとんど来ない方なので、側から見ると通年落ち込み人間なようです。久しぶりに躁っぽい感じが今月はありましたが、なんとなく、本当になんとなく、去年とは違うコントロールが効いている感じです。 がっつり落ち込みに行くことをしなくなった、その手前で引き返せるようになったそんな感じです。まだ風呂も入れている感じです。

ただ、昨日ぐらいから気になり始めたのが 考える力がなくなってきたことです。 お金の計算や日の計算が、何回やり直しても、あぁ、だめだ。となってしまいます。 なんかちょっと嫌な感じです。このまますっからかんになりそうで、今でこそすっからかんな感じなのにこれ以上、、、となるとどうにかしたい気持ちです。 ということで、ちょっとした発見。 自分なりの鬱の入り口を見つけた(?)話でした。

単発バイトへの応募

昨晩投稿しましたこちらの記事の続きですが

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ローン返済していくために単発バイトへ応募してみました。

4月25日ですが果たして行けるのでしょうか。 週3回のアルバイトも疎かにしてはいけないので体調管理はしっかりしていきたいと思います・・・

【風呂日記】4/14〜4/17

せっかくツイッターをはじめたのに活用できてません… リズムケアも疎かになってきています。

今月後半も出来るだけ風呂日記がんばります