思い切って半袖着てみるってどう

他人の目が気になるのはもう十分わかりきっていることだが、リストカット跡というのは人目に触れていいものではない。

自分はよくても人は気分悪いだろう。でも、思い切って半袖を着てみるってのはどうだろう。ほんとどうだろう。

いろいろググったけども、みんな大変な思いをして後悔して、対策を練って

手術して、テープで隠して。いろいろある。

そのままってどうなんだ。逆に、なんの逆かわからないけども、見せびらかすとでも思われるのかな

どうなんでしょう。病んでる、きもって思われるのか。

思われたら自分はどうなんだろうか。

いまのところの対処法は腕時計&長袖。

一回電車で女性の方が、がっつりノースリーブで丸出しだったのを見たことがある。

自分にも同じ(同じではないか・・・)ものがあるのに、えっってなった。

出していいものなのかまた悩んだ。

家では楽に半袖を着ているが、果たしてこれは恥ずかしいものなんかな。

幼稚だなと思われるのか。

コンプレックス解消したいけど、どうしたもんか。

半袖きてみたいな。夏だし。

 

転職活動しています

前回、こんなブログを投稿しました。

mae2narae.hatenablog.jp

 

今回の内容は、双極性障害と診断された23歳が障害者雇用での就職を希望して以前勤めていた会社に応募してみた。という話です。

 

 

応募する際、私は現在週3回のバイトをしていることもあって就労移行支援を介さずに直接企業へ応募しました。

応募してから数日後、書類選考通過の知らせを受け、ゴールデンウィーク明けに一次面接を受けました。

面接では、病気のことや体調管理の方法などを聞かれました。

そして採用となった場合は、以前と同じ会社ではなく、グループ会社への配属となるとの事でした。全然ありでした。

そうして一次面接はなんとか終わり連絡を待って、5月の末に二次面接の連絡を受けました。

 

で、ここで問題が発生しました。

なんと、この場に来て先方より

「弊社と提携している就労移行支援機関を利用していただく必要があります」と。

つまりは、いまのアルバイトを辞めてしばらく就労移行支援に通い、実習等を経てからの労働契約になると仰るのでした。

 

想定外

 

そういうこともあるんだなと勉強になりました。なので私、来月から就労移行支援を受けて企業実習など頑張ってくる予定です。

はじめは障害者枠で応募するのは躊躇っていた部分もあり、一般で、クローズで、もう一度。なんて考えてもいました。

でもそれが自分の首を絞めている原因かと今回の転職活動で少し学んだ気がします。

そしていろんな支援機関や制度を利用できるありがたさも実感しました。

誰かに支えられて私は働き生きていくなら、私も誰かの支えになれるようになりたいと。いや、まだまだすぐそんな風にはなれるわけではないですが、精神的な不安定さは一旦どこかへいってくれたのかもしれません。ありがたき。

採用してもらえるようになんなりと頑張ってみます。

珍しく6月に入っても鬱っぽくなっていない。詰め込んでいたものを一度手放してみます。では!

悲しいから泣くのか

昨日の晩から泣きっぱなしで眠りにつけなかった。4年間の父とのわだかまりが、昨晩少しずつほどけて、つまり父と会った。いわゆる毒親と世間では言われるような父だった。

そんな父は自営業だ。4年ぶりの再会。私は躁転

無邪気におどけてお小遣いをくれなんて言った。

食事をしに行く。テーブルについて、皿が並ぶ、父は箸を持ち食べ始める。

 

あっ

父は箸を落とした。

 

落とした箸を交換する。

 

そして、父はまた箸を落とした。

 

 

手元をよく見るとなんだかおかしい、箸の持ち方や腕の角度。何かが違う。

 

腕どしたん

そう尋ねてみる。

 

父:首悪くしてから神経痛でな、大丈夫

 

 

ショックだった。私はまだ子供で

私はまた子供の自分が出てきたことを後悔した、したけど遅かった。

食事前にお小遣いなんてもらうんじゃなかった。大人の自分がでてくる。

 

 

父は、4年間ひとりで、ひとりで、私が拒絶をしていた4年間、ひとりで。

信じ難いほど丸く小さくそれこそ本当に老いぼれていた。そんな老いぼれた体で仕事に行き、不自由な右半身で生活をしていた。

知る由もなかった。なぜなら私は拒絶し続けて顔すら合わさない4年間だったからだ。

 

諦め、無関心、呆れ、憎しみ、悲しみ

自己嫌悪、受け入れる余裕、親が老いるのは自然なことだが、いざ目の当たりにすると衝撃的でとてもショックを受けた。あれほど憎んだ父だ。

すんなりなんて、そう思ってた。

頭は葛藤の最中でも、私はテーブルを挟んで目の前に座る父の箸を拾い、食べやすいように皿を持ち上げた。

私の右手はなぜ動いたのかはわからない。左胸の奥が貫かれたように痛む。

4年間の罪悪感なのか後悔なのか憎しんでいたはずなのに不思議と右手は善良な右手だった。この右手もこの親に頂いた右手だ。

この右手だけ、心と記憶と過去は切り離して父に差し伸べることはできるのではないか。そう思った。

思ったけど私は弱い。また鬱に陥れば変わるんだろう、そしてまだみっともないが、涙が止まらない。悲しいから泣くのか、いや悲しみに詰めきれないほどの感情が体から出ている感じがする。

私は弱い、弱いけど、この右手はもしかすると毒を払いのける力があるかもしれない。

消費される人にならない

関わるすべての人に好かれる必要はないと自分に言い聞かせても心は脆い。

脆い心を支えてくれるのはそれもまた人だ。でも人と関わるたびに心は浸食される。

社会のルールというものは、強いものが弱い人間の心を壊して出来上がってるように感じる。愛想という名の剣で胸を貫き、修復不可能になるまで人を壊す。

壊れた人の逃げる道はそれもまた人の中にある。人は1人で生きてはいけない。

誰かを求め、また誰かも自分を求める。

双方向の可能性がこの世界のどこかにあることを私は信じたい。

しかし、必要以上に自分を犠牲にする必要はない。犠牲にすればするほど人に消費される人になってしまう。その境目を知って学んでいきたい。

悩んでいること

 


私は他人を美化して都合のいいように受け止める傾向がある。でもそれは全員に対してではなく、私に興味を抱く人のみに対しての受け止め方だ。

人に興味や関心を持ってもらうということは嬉しい。けれどその分、人と関わることが苦になる。矛盾している。病的にも思えるその片鱗は愛着障害だと診断された。が、しかし本当にそうなのかと疑問に思う。自分は何らかの肩書き、もしくは属性のようなものが欲しいだけではないのかと考えがよぎる。安全基地は本当に病院なのかと不安になる。病院がなくなれば私の安全基地も必然的に失われる。かりそめの安心に私は身を委ねることが怖くてたまらない。

診察の際に私は私の中の、どの自分で話せばいいのかもわからない。なぜなら全てを見透かされているように思うからだ。

でも本当はそうじゃない。精神科医は全てを魔法のように操る超能力者ではない。そう理解している自分も存在するが、私の中の私たちは混在して都合のいい人間関係を作ることしか知らないので、ここは安心だと言われようが拒絶をしてしまう。病院以外でもそうなってしまう。

例えばバイト先。私は便利屋のように何でもかんでも顎で使われている。他の人たちは違う。名前も呼ばれて仕事を渡されている。

私だけ、私の弱さを見透かされてつけ込まれているのではないかと思ってしまう。どこにも安心できる場所がないのは自分のせいなのか。

私はどうすればいいのか考えてもわからない。

何をどう乗り越えるのかそれすらも見えていない。教養もない、武器もない、私は何を持っても私自身の中にある拒絶する自分に抗うことが出来ない。もっと自分の中の自分たちが、まとまってほしい。

距離感

 

人の名前を呼ぶときっていろんなパターンがありますよね。

・苗字+さん付けは 顔見知り・挨拶を交わす程度の関係

・苗字(呼び捨て)は仲良い距離感 あるいは友達

・下の名前+さんorちゃん付け は あんまり呼ばれないので これも親しい関係とする

・下の名前(呼び捨て) 10年以上友達か恋人か家族しか呼ばれない

 

↑この例は私の感覚で作ってみました。

名前の呼び方や呼ばれ方って結構重要だとおもうのですが、昨日診察の時

先生から下の名前+さん付けで呼ばれたのです。

今までは苗字+さん付けでしたが、カルテに目をやりながらだったので、私の名前覚えられてないのかなと一瞬思いました。ちょい悲しかったですが、そんなもんかなと言い聞かせました。

対人恐怖があるので、こういう小さなことで距離感が合わない人とは二度と会わなくなります。病院通えなくなるのはきついのでがんばって忘れますが、なんで下の名前で呼ばれたんだろうって昨日から考えてしまいました。

承認欲求を満たす場所がなくなるのは、危機的状況になるので、なるべく安定して通いたい。人との距離感って難しい。

病院行ってきた。

 

 

mae2narae.hatenablog.jp

 

 

本日バイト後に病院へ行ってきました。

今月で通院してから1年が経ちました。長いようで短い1年でした。

去年も行った心理検査を受けた後、診察でしたが最近蕁麻疹が出たことぐらいしか話すことがなくて、、世間話でした。

ま、これでいい。薬もかわらず現状維持です。

世間話の途中で最近考えている転職についてちょこっと話してみました。

今日の先生は穏やかだったのでふわっと話してみたら、やってみ。とのことでした。

内心なに言われても ま、やるけどな。と思ってましたが、特に止めもせず勧めもせずな先生なので、先生なりに背中をおしてくれたと受け取りました。以前のPC衝動買いもふんふんと受け止めて、張り合いでるからよくね、って言われたこともあり、この1年間で信頼関係的なものを築けたのかなと、うっすら思ってみたりもします。

 

 

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さて、6月がいよいよ迫っていますが現在の体調&気分は安定と不安定の間といったところで日々ころころ変わってます。来る6月をうまく乗り越えれたらこっちのもんですが、毎年決まって鬱になるので今年は勝負したいと思います。

はよ寝てバイト休まなければよしとします。あとはお風呂もがんばろ。

 

転職活動第一弾は今月23日。がんばろ